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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

ボブ・ディランはノーベル賞を辞退すべきだ、サルトルのように。

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歌手のボブ・ディランノーベル文学賞に選ばれたニュースが話題になっている。一つは彼は歌手であり文学者では無いのになぜ選ばれたのかがよくわからないという話題と、もうひとつは、彼がこれまでにあげてきた音楽活動の功績はノーベル賞にふさわしい人物だと讃える話題である。ノーベル文学賞の選考委員会からは選んだ理由として彼の書く歌詞が文学的なメッセージ性に優れているからとされている。しかし、多くの人たちはこの文学賞に選ばれた理由に違和感を覚えたに違いない。それを言うなら過去の偉人であったビートルズは何故選ばなかったのか、という話になる。ボブ・ディラン自身は代表曲である「風に吹かれて」がヒットしていた頃、プロテストソングという呼び名を嫌っていたのは事実だし、反社会的な歌手と言う自覚も本人にはなかったのである。世間全体が違和感のある今回のノーベル文学賞、本人も「何故?」と思っているに違いない。いっそのこと受賞を辞退したほうが彼の名声は上がるだろう。1964年のノーベル文学賞を辞退したフランスの哲学者であり小説家だったサルトルは、辞退の理由として、自分が生きている間に神聖化されるのは嫌だし、受賞することによって自分の自由が制限されてしまえば自分が目指す可能性の頂点にたどり着けない、と述べている。文学者ではない歌手のボブ・ディランも神聖化されるより自分の頂点を目指すべきだと思う。世の中の「はてなマーク」に答えるためにも潔く辞退すべきだろう。いまその答えは「風に吹かれている」ままである。