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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

伊能忠敬の地図を盗みだした男、シーボルト展を見てきた。

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江戸東京博物館で開催されている「シーボルト展」を観てきた。会場の入り口にはシーボルトの肖像写真があり、その横に「日本人よりニッポンを愛した男」という文言が添えられていたのには思わず苦笑させられた。彼は江戸幕府の軍事機密であった伊能忠敬の日本全図を持ち出そうとして捕まり、国外追放された人物である。シーボルト事件としてあまりに有名な史実だが、逮捕されたにもかかわらず、発覚した1年後の国外追放の際にはしっかりとその地図を極秘にして再び持ち出しているのだから恐れ入る。上の写真の地図は南北戦争当時にアメリカで印刷されたと見られる伊能忠敬の英語版の日本全図だが、シーボルトはこの地図を江戸幕府の厳しい監視の目をかすめてドイツへと持ち帰り、おそらく英語版やドイツ語版など手広く翻訳し復刻してヨーロッパのみならずアメリカにまで大量に販売していたのであろう。さらには日本から持ち出した陶器や漆器などの工芸品や植物標本などの品々のすべてをオランダ政府に買い上げさせていたという。そして国外追放の身でありながら30年後に再び来日し、江戸幕府に雇われたという話は、驚きと言うより国辱という感じもする。さらには、死ぬ前年には3度目の来日を江戸幕府に申請し、流石の幕府もこの依頼を断ったというエピソードを、今回の展示会で初めて知った。多くのシーボルト研究者が気づかずにいるが、彼の思想の根底にあったのは、1800年代に彼の母国ドイツで台頭していたWhite Supremacy(白人至上主義)だ。この考え方が世界のあちこちに植民地を生んでいったのであるが、「優秀な白人種が無知な有色人種を支配するべきだ」、というこの考え方が、日本人に対してのモラルを欠いた「地図の盗み出し」を実行させたというわけだ。シーボルトが日本を愛してやまない男というより自分の名声のために日本を利用し続けただけの男という観方は、伝統的にお人好しの多い国ニッポンでは、エキセントリック過ぎる意見として無視されてしまうのだろうか?