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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

行ってみて驚いた。アウンサンスーチーは宮殿に住んでいた。

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来日中のミャンマー最高指導者アウンサンスーチー女史。かつて彼女は反政府の代表としてミャンマーの軍事政権の圧政を受けたと世界中で騒がれた。ミャンマーの軍事政権による自宅での軟禁生活を3度に渡り強制された。合計15年間の外出禁止を余儀なくされた為に、ノーベル平和賞の授賞式への出席も適わなかった。最近、私が何度かに渡ってミャンマーを訪れた際に、彼女が軟禁されていたその自宅を見に行ってきた。驚かされたのは首都ヤンゴンの中心部の風光明媚な湖に面した5,000坪の敷地に建つ豪邸が彼女の住まいだった。敷地内にはゴルフ場があり、庭から湖に出てボート遊びもできる。当然ご殿のような広さの住まいなため、大勢の使用人が常駐し、彼女の世話を何くれとしている。昼間は40℃を超す猛暑のこの国でこの豪邸から一歩も出るなと言われても、誰もが喜んでそれに従ってしまう程の快適すぎる住環境がそこにはあった。実はこの住まいはミャンマー「建国の父」とされるスーチーさんの父親アウンサン将軍が建てた邸宅なのだ。イギリス育ちのわがままなアウンサンスーチーの反政府的な繰り返しの発言に手を焼いた軍事政権が、恐れ多いアウンサン将軍の娘なのでやむを得ずこの贅沢な宮殿から市中に出ることを留めただけ、なのに英米の西側諸国が大袈裟に彼女を悲劇のヒロインに仕立てあげたというのが事の真相のようだ。しかしこの措置によって政府は世界の国々から経済制裁を受け、堪らずに彼女をミャンマー政府の新しい顔にして世界に向けて猛アピールした結果、各国の経済制裁が次々に解かれてきたのである。しかし、世界では悲劇のヒロインとされている彼女の評判は、現地ではあまり宜しくないのだ。庶民の多くが反対している中国の開発事業に賛同したり、少数民族を無視し続けるその態度など、彼女への非難はかなりのものだった。「イギリスで育ちイギリスに家を持っているアウンサンスーチーミャンマーのことはわからない」と吐き捨てるように言ったミャンマー人の知人のコトバにも肯けるところがあった。今回の来日も、政治を良く知らないお嬢さん育ちのスーチー女史が、軍事政権の代理として、経済援助と言う「おねだり」をしにやって来ただけということだろう。