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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

2人のノーベル賞受賞者も参加していた日本の「原子爆弾」製造の事実。

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今年もノーベル賞授賞式の季節がやってきた。日本人で初めてノーベル賞を受賞した湯川秀樹博士については多くの日本人が教科書で学んで良く知っているが、湯川氏が我が国の原子爆弾開発に関与していたことは教科書には載っていないのであまり知られていない。さらにもう一人のノーベル賞受賞者朝永振一郎博士も開発に関わっていたとされる原爆製造の一大国家プロジェクトはアメリカが原爆製造を開始した翌年にわが国でもスタートしていた。原爆製造の理論的な組み立てはすでに出来てはいたが、原爆製造に必要な肝心のウラン原料を八方手を尽くしても入手できないまま月日がたち最後の選択肢として同盟国のヒトラー率いるドイツからのウラン購入を思い立ったのが終戦の年の3月だった。日本へ向けてウランを乗せて出港したドイツの潜水艦は北大西洋上でドイツの敗戦を知り、アメリカ軍に投降して日本向けのウランもその場で没収され、遂に日本は原爆製造を中止せざるを得なかったのである。その3か月後に広島・長崎への原爆投下、敗戦となるわけだが、もしも日本が原爆開発に成功していたらアメリカと同様に原爆加害国になっていたことは明白だろう。折りしも安倍首相がハワイ真珠湾を訪問して真珠湾攻撃の犠牲者を慰霊するという。政府発表では「あくまで慰霊であり謝罪ではない」と言い張るが、被爆国ではあるがもし原爆製造に成功してたら加爆国になったかもしれないあの大戦を振り返れば、素直にアメリカに「謝罪」してもいいのでは無かろうか。あの大戦からすでに71年も経っているのだから。