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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

「日本人は西洋の奴隷」と言った夏目漱石。今も奴隷のままだろうか。

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今年は夏目漱石生誕150年である。我が国を代表する「知の巨人」漱石が日本文化に与えてきた精神的な影響力は150年経った今なお計り知れないものがある。今から110年前40歳の漱石が発表した小説作品「野分」のなかに主人公に語らせている興味深い言葉を発見した。「西洋の理想に目がくらむ日本人はある程度において皆(西洋の)奴隷である」という一節だ。何でもかんでも西洋を見倣えという100年以上前のニッポンの風潮を苦々しく思っていた漱石ならではの確かな批評眼である。しかし「西洋の奴隷」へと成り下がってしまっているのが日本人だ、というこの漱石の批判は110年後の現代ニッポンには果たして通用するだろうか。現代日本が誇るIPS細胞など世界の最先端をゆく医療研究や宇宙開発技術、そしてIT分野や自動車産業など幅広い分野で世界の国々から高い信頼性を得ている現代ニッポンというものを夏目漱石が知ったら目を丸くして驚くに違いない。100年前お手本にしていた西洋の国々が100年後の今日では、逆にお手本にしてくれる国へと我が国が進化してきたことは疑う余地の無い事実だろう。しかし、夏目漱石生誕から150年を経過した現代社会、西洋の奴隷からは脱出できたものの、今なお夏目漱石の生涯のテーマでもあった「エゴ(自我)とは何か」を解き明かすどころかエゴの「奴隷」と化しているかのような生活を享受し続けている日本人。この先どんな未来へと向おうとしているのだろうか。