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ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

また負けた錦織圭。なぜ格下に決勝では弱いのか。

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アルゼンチン・オープンの決勝戦錦織圭が格下のドルゴポロフに2-0のストレートで敗れた。過去の5度の対戦で錦織から1セットも取った事の無い相手とのゲームを安心しきって観ていた錦織ファンの落胆ぶりはかなりのものだったに違いない。錦織はこういう一方的に勝てそうな相手になぜこれほどあっさりと負けてしまうのだろう。2年前の全米オープンでの決勝でも格下のチリッチにストレート負けを喫した試合を元プロテニスプレイヤーの杉山愛が「決勝戦は誰でも緊張する。それに相手が格下だと勝てるという「気負い」がでてしまうもの」と評した。また、あるテニス評論家は相手が格下だと「気負い」と「格下相手にミスしたらどうしよう」という不安とが交錯して普段通りの実力を発揮できなくなるものだ、と語っている。さらには「挑戦する立場では強いが挑戦される立場には弱い」という批評もある。要するに、錦織圭は、決勝戦という緊張する場面で、勝てるはずという「気負い」と格下に負けたらどうしようという「不安」とによって幾度となく負けてしまうというわけだ。ここ一番で「負けてもいいんだ」という開き直りが出来るようになれば、彼が良く口にする「爆発力」が点火すると思えるのだが、それはさらなる実践のキャリアを積まなければ会得できないものだろう。これからはむしろ期待をせずに錦織の試合を観戦していれば、ある日突然に彼本来の「爆発力」にきっと出会えるに違いない。日本のファンの側に錦織圭の優勝を期待しすぎる「気負い」がありすぎているのが現状では無かろうか。