ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

天才は天才を見抜く、ヘミングウェイとミロの無名時代の出会い。

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⬆上の絵画はシュルレアリズムの巨匠として名高いジョアン・ミロがまだ無名だった1921年に故郷スペインの農村風景を描いた「農場」というタイトルの作品である。この絵の所有者は20世紀アメリカ文学の巨匠であるアーネスト・ヘミングウェイ。現在なら数百億はするこのミロの絵画を彼がなぜ所有していたのか。ミロは全く無名だった28歳の時にこの絵を描き、その頃カナダの新聞社の特派員としてパリに駐在していた34歳のヘミングウェイがこの絵に目を留め「この絵にはスペインへ行って感じる全てとスペインを遠く離れて感じる全てがある」と言い、友人たちから借金をしてまでこの絵を購入したのだと言う。2人の偶然の出会いはパリのボクシング教室でのスパーリングパートナーであったことが始まりだった。その後、ミロが画家志望である事を知りパリのカフェで1日だけ催されたミロの作品展をヘミングウェイが見に行ってこの絵を購入したのだと言う。パリ中の画廊からことごとく展示を断られて、たった1日のカフェでの展示を許されたこの作品にミロの才能をいち早く嗅ぎ取ったヘミングウェイの嗅覚は何とも素晴らしい。しかも彼が新聞記者を辞め「武器よさらば」「誰がために鐘は鳴る」などの作品で作家として有名になる実に10年以上前の出来事なのだ。1921年のパリ、28歳と34歳の世の中にはまったく無名だった2人の青年の出会い。ミロが情熱をこめて描いた作品に天性のモノを感じ取ったヘミングウェイの鋭い感性。天才と天才との出会いには、お互いの心と心が響きあう不思議な力が働いていたのかもしれない。