ノーネクタイのMy Way

ネクタイを外したら、忙しかった時計の針の回転がゆっくりと回り始めて、草むらの虫の音や夕焼けの美しさ金木犀の香りなどにふと気付かされる人間らしい五感が戻ってきたような感じがします。「人間らしく生きようや人間なのだから」そんな想いを込めてMywayメッセージを日々綴って行こうと思っています。

「香水はキスして欲しい所につけるのよ」悪女ココ・シャネルの名言。

f:id:gunjix:20180501011809j:plain

テレビでファッション界の歴史的な女性ココ・シャネルの生まれ故郷フランス西部ソミュールの街をNHKのTVクルーが訪問する番組を見た。そこの住人に「この街がシャネルの生まれ故郷だと知っているか」を尋ねると現地のフランス人はみな「聞いたことが無い」と口をそろえる。その理由はシャネル本人が生まれ故郷を偽わっていたから。なぜならこの地で12歳の時に母親を失くし、父親に捨てられたシャネルにとって生涯決して忘れることのない憎悪の街それがソミュールだったからだという。ココ・シャネルのファッション界での数々の成功は、幼くして自分を捨てた父親への憎悪がエネルギーになった結果だと言えるだろう。父親不信から結婚は求めずパリに出て社交界へ近づきお金持ちの愛人になることからスタートしたシャネルの悪女人生。次々に変える愛人から資金を提供させては帽子やドレスそして香水と次々とファッションの世界での成功を収めながらも社員4000人から過酷な労働条件改善のストライキを受けると会社をあっさりとたたんでスイスへと亡命、第2次大戦中は再びパリへと戻り、何とパリを占領したナチスの将校の愛人となりユダヤ人に渡していたシャネル香水の販売権利をタダで取り戻そうとナチスの手を借りる事までしていたという。パリがナチスから開放されるとフランス政府から反逆罪で逮捕され、とうとう悪女の運命が尽きたかと思われたシャネル。しかし英国のチャーチル首相に頼み込んで釈放されスイスへとナチス将校の愛人を伴って亡命、戦後は再びパリへと戻ってあの有名なシャネルスーツを大ヒットさせた。起きてから寝るまで四六時中タバコをくわえたままで86歳まで悪女人生を演じきったココ・シャネル。ある女性に香水はどこにつけるのが良いか、を尋ねられたシャネルは「あなたが一番キスしてほしいところにつけなさい」と答えたという。まさに悪女にふさわしい答えである。